吉田宰判勘場・御茶屋跡

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 藩政時代(1600〜1870)、防長二国は18の宰判に分けられ、統治されていました。

吉田宰判はそのひとつで統治区域は吉田、厚狭、末益、松屋、津布田、宇津井、山野井、今浦、伊衛、山中、於福、河原、大嶺に及んでいました。

 宰判を代表して司る者を代官といい、勘場は代官が出張する役所で、建物や土塀が今もなお当 時の名残をとどめています。

 御茶屋は勘場に隣接していて、公儀の役人や参勤交代途中の諸大名の宿泊所となった建物です。

 幕末には、宰判勘場とともに奇兵隊の駐屯所として利用され、隊ではここの隊士を勘場詰め・御茶屋詰めと呼んでいました。

 所在地  下関市大字吉田

 交通   JR小月駅からバス14分「東行庵入口」下車、徒歩5分

 問い合わせ 下関市観光振興課 083-231-1350