金比羅本宮

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 文政二年(1819)旧藩主毛利元義公が海防と福浦港の繁栄を図るため、郡代水野忠実に命じて長府忌宮神社境内に祭ていた金毘羅宮を当彦島福浦湾頭兜山(富観台)に遷座したもので、文政三年(1820)に神殿・拝殿が完成し遷座祭を行ったと由緒に記されています。

 下の鳥居から頂上に向って続く石段は、四十度の急勾配で二七〇段あると言われており下からその境内を見ることはできません。

 境内には、拝殿に向って左側に小高くなった所があり、この小高い所に文政十三年(1830)九月小田圭(長府毛利藩の儒学者)の撰文により造られた、自然石の「福浦富観台記の碑」が建てられ台座は昭和四年(1929)十月に改修されています。

 嘉永二年(1849)藩の命令により吉田松陰は、北浦、下関一帯の海防調査を命じられ同年七月十六日この金比羅宮にも参拝されています。

 当時は社に登る石段は途中までで、 北前船からの寄付金によって少しずつ石段が増えていきました。 それでも160余段、完成すれば200段ばかりにもなろうと、松陰の「廻浦紀略」に記されています。

 この頂上から、六連島、蓋井島、白島から対岸九州までを一望に収めた眺望は素晴しかったようですが、現在は樹木も成長して、まったく眺めることはできなくなっています。

 所在地  下関市彦島福浦本町

 交通 JR下関駅からバス14分「福浦本町」下車、徒歩2分

      下関 I.Cから車14分

 問い合わせ 下関観光情報センター  083-231-4141