Archive for the ‘城下町長府周辺’ Category
忌宮神社
忌宮神社の由緒によれば、第十四代仲哀天皇が九州の熊襲を平定のため御西下され、この地に皇居豊浦宮を興して七年間政治を行われた旧址で、天皇が筑紫の香椎で崩御されたのち御神霊を鎮祭し豊浦宮と称した。
その後聖武天皇の御代に神功皇后を奉祭して忌宮と称し、さらに応神天皇をお祀りして豊明宮と称した。
三殿別立の古社(延喜式内社)であったが、中世における火災の際豊浦宮、豊明宮を焼失、中殿に合祀して一殿となり、忌宮をもって総称するようになった。
忌とは斎と同義語で、特に清浄にして神霊を奉斎する忌みであると言い、
現在の社殿は明治十年(1877)の造営で、昭和五十六年(1981)に改修したものと言われています。
この社の夏祭として毎年8月7日から1週間続く「数方庭祭」は、1,800年の歴史を持つ“天下の奇祭”として有名であり,市の文化財に指定されています。
境内には数多くの文化財を所蔵する宝物館や,蚕が初めて日本に渡来した地としての記念碑等があります。
所在地 下関市長府宮ノ内町1-18
交通 JR長府駅からバス7分「城下町長府」下車、徒歩5分
JR下関駅からバス23分「城下町長府」下車、徒歩5分
問い合わせ 忌宮神社 083-245-1093
菅家長屋門・古江小路
菅家は、長府藩祖毛利秀元に京都から招かれ、侍医兼侍講職を務めた格式ある家柄です。この長屋門は、代々藩中医家随一の名門にふさわしい構えを見せており、武家の屋敷構えとその趣を異にしています。
また、長屋門を中心に左右に延びた石垣の上の練塀は、建物との調和をよく保っており、練塀が続く小路の家並みと共に、もっとも城下町らしい風情を残しています。
所在地 下関市長府古江小路町2番
交通 JR長府駅からバス7分「城下町長府」下車、徒歩7分
JR下関駅からバス23分「城下町長府」下車、徒歩7分
問い合わせ 長府観光会館 083-246-1120
総社跡
大化改新(645年)により律令制度が全国に施行されると、中央から任地に赴いた国司は、着任後最初の仕事が管内の全ての神社を巡拝することでした。
しかし時代が下って平安中期以降になると祭祀やしきたりが怠りがちとなり、管内の神社を国府に近い便宜の場所に集めて一社を建て総社とし、そこを詣でることで管内神社の巡拝にかえるようになりました。
長門国府があった長府でも国衙にほど近いこの位置に長門国の総社が建立されており、昭和四十年代までその社の一部を見ることができました。
このあたりは現在でも惣社町と呼ばれており、総社と同意語で国府時代に総社があった名残です。
所在地 下関市長府惣社町
交通 JR長府駅からバス7分「城下町長府」下車、徒歩10分
JR下関駅からバス23分「城下町長府」下車、徒歩10分
問い合わせ 長府観光会館 083-246-1120
長府毛利邸
明治36年(1903)、長府毛利家14代藩主の元敏によって建てられた邸宅で、明治天皇の行在所(宿泊所)としても使われたところです。
昭和23年、下関市に移管され迎賓館や福祉館として利用されていましたが、平成10年4月に観光客用の施設として改装しオープンしました。
重厚な母屋と白壁に囲まれた、書院庭園と池泉回遊式の庭園が往時を偲ばせてくれます。
所在地 下関市長府惣社町4-10
交通 JR長府駅からバス7分「城下町長府」下車、徒歩10分
JR下関駅からバス23分「城下町長府」下車、徒歩10分
問い合わせ 長府毛利邸 083-245-8090
功山寺
鎌倉時代創建、唐様(からよう)建築の美しさを保つ仏殿は、わが国最古の禅寺様式を残しており、国宝に指定されています。
また数々の歴史の舞台となったところで、毛利元就に追われた大内義長が自刃したり、高杉晋作が明治維新の転機となる旗揚げをした寺としても知られ、境内には馬上姿の晋作の銅像も置かれています。
大内義長のものと言われている墓や、初代秀元をはじめ9人の藩主達の墓が仏殿裏にあります。桜と紅葉の名所です。
所在地 下関市長府川端1丁目2-3
交通 JR長府駅からバス7分「城下町長府」下車、徒歩10分
JR下関駅からバス23分「城下町長府」下車、徒歩10分
問い合わせ 功山寺 083-245-0258