下関ブログ

下関、旅の情報

Archive for the ‘彦島周辺’ Category

ナイスビューパーク

without comments

DSC_5733.JPG

 県道福浦港金比羅線は、彦島大橋によって下関地区と彦島地区を結んでいます。

 元彦島有料道路料金所すぐそばには、1995年3月22日に完成した、風車がシンボルの公園があり、眼前には響灘(日本海)や六連島が広がり、右手遠方には北浦の山々が望めます。

 風車塔内はらせん階段で3階まで上ることができ、風力発電の仕組みや、風車付近の名所などを説明したパネル、模型などが展示されています。

 公園から眺める沈む夕日の様子はつい見とれてしまうほどです。

 所在地  下関市彦島迫町6丁目1−40

 交通 JR下関駅から車6分

      下関 I.Cから車10分

      マイカー駐車場あり

 問い合わせ 下関観光情報センター  083-231-4141

Written by admin

5 月 26th, 2008 at 8:18 pm

Posted in 彦島周辺

老の山公園

without comments


0417.JPG

 海抜106メートルの老の山は、関門海峡から響灘を一望できることから、明治以降は、沿岸防備のために日本陸軍の砲台陣地として関門要塞の一翼を占めてきましたが、第二次大戦後、平和利用の為に開放されました。

 現在では、頂上を中心とした約20万平方メートルを公園化し、広場でのボール遊び、ハイキングなどいろいろ楽しめ、公園から望む響灘の景色は絶景です。

 桜やツツジが咲く季節はとくにおすすめです。

 所在地  下関市彦島老の山公園1番

 交通   JR下関駅からバス10分「老の山公園口」下車、徒歩10分

      下関 I.Cから車13分

 問い合わせ 下関観光情報センター  083-231-4141

Written by admin

5 月 26th, 2008 at 8:13 pm

Posted in 彦島周辺

下関漁港閘門(こうもん)

without comments

IMG_0139.JPG

 昭和8年(1933)から昭和17年(1942)にかけて下関漁港の修築が行われ、日本海と瀬戸内海の干満差によって発生する激しい潮流を抑え、漁港の安全性を確保するために下関漁港閘門(水門)が大和町と彦島の間に設置され、漁船はこの水門(昭和11年(1936)9月通船式)によって航行し、彦島と下関は徒歩でも行き来できるようになりました。

 昭和57年(1982)12月25日に、船舶が航行するときは水路を横切る路面部分が四隅の柱に沿って高く上昇する昇開式可動橋(水門橋)が完成し、以前は人と自転車だけの通行であった水門が自動車通行も可能な橋となりました。

 下関漁港 閘門(下関市大和町〜彦島本村町)は、平成18年(2006)2月22日水産庁が発表した「未来に残したい漁業漁村の歴史文化財産百選」に認定されました。

 所在地  下関市大和町2、同市彦島本村町6

 交通   JR下関駅からバス5分「彦島口」下車、徒歩3分

      JR下関駅からバス9分「水門」下車、徒歩2分

      下関 I.Cから車10分

 問い合わせ 下関観光情報センター  083-231-4141

Written by admin

5 月 26th, 2008 at 8:08 pm

Posted in 彦島周辺

巌流島

without comments

IMG_1059.JPG

 関門海峡に浮かぶ周囲約1.6kmの小島で、慶長17年(1612)4月13日に宮本武蔵と佐々木小次郎が決闘したことで知られています。

 正式名称は舟島と言いますが,敗れた小次郎の流派名をとり、巌流島と呼ばれるようになったということです。

 島内に佐々木巌流之碑(船島開鑿工事完成を祝って明治43年に建立されたもので、小次郎の墓ではありません。)が現存しています。

 現在は、海沿いの散策道なども整備され、2003年春からは定期船も就航し、だれでも気軽に訪れることができます。

 所在地  下関市大字彦島字船島648番地

 交通   唐戸桟橋・門司港桟橋より直行の定期船で10分

 問い合わせ 下関市観光産業部観光振興課 083-231-1350

Written by admin

5 月 26th, 2008 at 7:57 pm

Posted in 彦島周辺

金比羅本宮

without comments

IMG_0104.JPG

 文政二年(1819)旧藩主毛利元義公が海防と福浦港の繁栄を図るため、郡代水野忠実に命じて長府忌宮神社境内に祭ていた金毘羅宮を当彦島福浦湾頭兜山(富観台)に遷座したもので、文政三年(1820)に神殿・拝殿が完成し遷座祭を行ったと由緒に記されています。

 下の鳥居から頂上に向って続く石段は、四十度の急勾配で二七〇段あると言われており下からその境内を見ることはできません。

 境内には、拝殿に向って左側に小高くなった所があり、この小高い所に文政十三年(1830)九月小田圭(長府毛利藩の儒学者)の撰文により造られた、自然石の「福浦富観台記の碑」が建てられ台座は昭和四年(1929)十月に改修されています。

 嘉永二年(1849)藩の命令により吉田松陰は、北浦、下関一帯の海防調査を命じられ同年七月十六日この金比羅宮にも参拝されています。

 当時は社に登る石段は途中までで、 北前船からの寄付金によって少しずつ石段が増えていきました。 それでも160余段、完成すれば200段ばかりにもなろうと、松陰の「廻浦紀略」に記されています。

 この頂上から、六連島、蓋井島、白島から対岸九州までを一望に収めた眺望は素晴しかったようですが、現在は樹木も成長して、まったく眺めることはできなくなっています。

 所在地  下関市彦島福浦本町

 交通 JR下関駅からバス14分「福浦本町」下車、徒歩2分

      下関 I.Cから車14分

 問い合わせ 下関観光情報センター  083-231-4141

Written by admin

5 月 26th, 2008 at 7:53 pm

Posted in 彦島周辺