旧山陽ホテル

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 明治34年(1901)山陽鉄道の馬関(ばかん)駅が西細江に開業したのを期に、明治35年(1902)12月に日本初のステーションホテル第一号として開業しました。

 関釜連絡船の発着所でもあったため、利用客は大陸渡航の皇族や政府高官が必ず利用した、西日本唯一の本格的ホテルとして旅人の憧れを集めました。

 最初にできた建物は、木造2階建、3棟から成る、客室34室を備え洗練された建築でしたが、大正11年(1922)に焼失しました。現在に残る建物はこの火災後大正12(1923)年に再建されたものです。

 昭和17年(1942)関門鉄道トンネルの完成によって、下関駅が現在の位置に移転したため、その役割を終え面影のみを今に残しています。

 所在地  下関市細江町3丁目2-7

 交通   JR下関駅からバス2分「細江町」下車、徒歩2分

      JR下関駅から徒歩9分

 問い合わせ 下関市観光振興課 083-231-1350

東光寺

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 高杉晋作らは元治元年(1864)に功山寺で挙兵し、新地会所を襲撃したあと了円寺にたてこもったが、合流してくる同志たちで手狭になったため、本陣を豊前田の高台にあったこの寺に移しました。

 所在地  下関市豊前田1丁目1-23

 交通   JR下関駅から徒歩9分

 問い合わせ 東光寺 083-222-2153

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大歳神社

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 有明山(現在の竹崎付近)のふもとに、四軒の漁を生活のもととしている家があったことから、この地方に「四軒家」という地名が生まれ、その漁夫達が藍島へ出漁する度に石を持つて帰り、それをまつるために小さな社を造ったのが始まりといわれています。

 また一説によると、

 源平合戦のとき源義経が有明山に陣をしき、小さな松を植えて浅間神社の大歳神を祭り、桑の木を使って弓矢を作り、神前に捧げて戦勝祈願祭を行なったといわれ、のちその弓矢をもって、対岸の彦島にある平知盛の軍へ射込んだので、驚いた平家軍は壇之浦へ舟を進め、ここに源平の合戦となったと伝えられており、竹崎付近の漁民は、のちにこの戦勝の神を崇敬したといわれています。

(大歳神社の由来による)

 所在地  下関市竹崎町1丁目13-10

 交通   JR下関駅から徒歩5分

 問い合わせ 大歳神社 083-223-0104