岩谷の十三仏

IMG_0796.JPG

 後奈良天皇の天文二十年(1551)八月、陶氏に山口の居城を追われた大内義隆公主従が、この地域の岩谷が浴八丈岩に隠棲されていましたが、追手が迫り脱出するにあたって、村人に世話をしてくれたお礼にと巻物一巻(大内家秘法ばんばら楽)を残されました。

 弘治元年(1555)ごろ大旱魃のとき熊野神社に「ばんばら楽」を奉納したところ、忽ち大雨となり旱魃を免れ、村人達は義隆公への感謝と供養のため露出した岩の上に十三体の石仏を安置したといわれています。

 十三仏は、死後の世界を守護してくださる仏様で、十三仏に名を連ねる仏様のうち八尊が「干支」の守護仏として名を連ねていて、各「干支」の守護仏に合致する石仏の背中には十二支の名が刻んであるそうです。

 所在地  豊浦町川棚中小野 

 交通   JR山陰本線 川棚温泉駅からバス13分「岩谷口」下車、徒歩20分

      JR山陰本線 川棚温泉駅から車で10分

      小月 I.Cから車で29分

 問い合わせ 豊浦町観光協会 083-774-1211

川棚のクスの森

IMG_0831.JPG

 一本の楠の木でありながら、18本の枝がまるで森のように青々と茂ることから「クスの森」と呼ばれています。

 樹齢は約1000年、幹の周り約10m、高さ約25m、枝張り東西46.5m・南北49m。

 大正11年に国の天然記念物に指定され、平成2年6月には「新日本名木百選」にも選ばれました。

 また、このクスの森には、天文20年(1551)8月、大内義隆は家臣の陶晴賢(すえ はるかた)にそむかれて城を追われ、愛馬とともに川棚ヶ原に逃げ、ここで最後の一戦をこころみたが、このとき惜しくもひばり毛の名馬は、敵の刀によって深でを受け、亡くなりました。義隆は、戦いに敗れたことよりも、この哀れな名馬の姿がいたわしく、そばにあった楠の木の根本に亡きがらを埋め、楠の木に名馬の霊がこもるようにと、この若木を霊馬神(れいばしん)と名づけたという伝説があります。

 すぐ近くには、「大楠の枝から枝へ青あらし」という、俳人・種田山頭火の句碑が建てられています。

 所在地  下関市豊浦町川棚下小野

 交通   JR山陰本線 川棚温泉駅からバス11分「浜井場」下車、徒歩6分

      JR山陰本線 川棚温泉駅から車で8分

      小月 I.Cから車で26分

 問い合わせ 豊浦町観光協会 083-774-1211

安養寺の大仏

IMG_0783.JPG

 厚母大仏(木造阿弥陀如来坐像)は、昭和四年(1929)に文部省告示で国宝に指定され、昭和二十五年(1950)、文化財保護法の施行により重要文化財に指定されました。

  像の高さ八尺八寸八分(296.1センチ)のいわゆる丈六仏で、近郷では「厚母の大仏」「安養寺の黒仏」と称し、信仰を集めています。

 楠材の寄木造りという変わった工法で作られていて、現在古色仕上げとなっており、右手は手の平を前にして屈し、左手は手の平を上にして膝におき、両手とも第一指と第二指の先を接して上品下生(じょうぼんげしょう)という印を結んでいます。 

 衣紋(えもん)線が浅く、頭部の螺髪(らほつ)がこまかくなっていること、膝高が低いことなどから平安時代後期末、12世紀頃の作品と見られるということです。

 所在地  下関市豊浦町厚母郷下郷

 交通   JR山陰本線 梅ヶ峠駅からバス2分「厚母」下車、徒歩3分

      JR山陰本線 梅ヶ峠駅から徒歩15分

      下関 I.Cから車で29分

 問い合わせ 安養寺 083-772-1611